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札幌地方裁判所 昭和43年(レ)60号 判決

控訴人 島田忠敬

被控訴人 浜和

〈ほか七名〉

右被控訴人ら訴訟代理人弁護士 斉藤忠雄

同 横幕正次郎

右弁護士斉藤忠雄訴訟復代理人弁護士 馬場正昭

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

原判決主文第一、二項は訴の取下により「被告は原告に対し別紙目録記載の建物(一)のうち(二)の部分を明渡せ」と変更された。

事実

≪省略≫

理由

一、1 訴外浜豊治がもと本件建物を所有していたことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、右豊治は、昭和二三年一月一〇日死亡し、その子である被控訴人浜凱、同浜和、同浜昊、訴外山浦了子および右豊治の妻である訴外浜トメが豊治を相続して共同で本件建物の所有権を取得し、右トメは、昭和二七年七月一九日死亡し、被控訴人和、同司、同昊、右山浦了子がトメを相続して共同で同人の本件建物に対する持分権を取得したことが認められ、また≪証拠省略≫によれば、山浦了子は、昭和四三年七月六日死亡し、被控訴人山浦常、同山浦栄子、同山浦晃および同山浦健三が了子を相続して同人の右建物に対する持分権を取得したことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。この事実によれば、本件建物は被控訴人らの共有に属するものと認められる。

2 控訴人は、本案前の抗弁と称して、単に被控訴人らの相続事実を否認することによって、本訴における被控訴人らはいずれも当事者適格を欠くと主張するが、その主張自体の適否はともかくとして、右認定事実に照らせば、その理由のないことは明白である。

二、1 ≪証拠省略≫を総合すれば、昭和三二年五月まで被控訴人和が本件建物を共有者全員のために管理し、自らも本件賃貸部分に居住していたが、札幌市から旭川市へ転勤したため、その後は被控訴人司が他の共有者(当時は被控訴人司、同和、同凱、同昊および訴外山浦了子の共有であった)から委されて本件建物を管理することとなり、被控訴人和の転勤直後、本人兼他の共有者の代理人として、本件賃貸部分を控訴人に対し、賃料月額金四、五〇〇円と定め、被控訴人和が札幌市へ転勤した際は一ヶ月以内に無条件で明渡す旨の特約を付して賃貸したこと(なお控訴人は、自己が被控訴人司から賃借しているのは被控訴人ら主張の本件建物とは別の建物である旨主張するもののごとくであるが、右に認定したとおり、控訴人が賃借しているのは本件建物内の本件賃貸部分であることは明らかである。)、しかし被控訴人司は右契約が口頭でなされたものでもあり、賃貸後の控訴人の日頃の言動から明渡しに関する特約の履行に不安を感じたため、昭和三六年七月右契約を書面化すべく、前同様本人兼他の共有者の代理人として交渉するに至ったが、控訴人は従前より賃料を公定賃料に減額することなどを求めており、これを理由に契約書の作成に応じ難い態度を示したため、被控訴人司としては、ともかくも控訴人が被控訴人和の札幌市への転勤の際は本件建物を明渡すとの条件さえ確認すれば、賃料を減額してもやむを得ないものと考え、同月三一日、従前の賃料を大巾に減額し、月額金二、〇〇〇円とし、その際控訴人からの「被控訴人和の札幌転勤の際の明渡期限につき、従前の一ヶ月以内での期限では移転の準備が困難であるから、三ヶ月以内として欲しい。」旨の要望を容れ、明渡期間を三ヶ月以内と改めるべき合意が成立し、これらの点を明記した賃貸借契約書が作成されたことが認められる。

もっとも、被控訴人司は、右賃貸にあたり、控訴人に対し前記代理関係を顕名したかどうかは判然としないが、当審における控訴本人尋問の結果によれば、控訴人は、遅くとも昭和三六年七月三一日右契約書面作成時においては、豊治死亡の事実を知っていたことが認められる。この事実によれば、控訴人においても本件建物の所有権が豊治の死亡によりその子である被控訴人司ら相続人に移転し、従って、被控訴人司が右共同相続人らをも代理して本件賃貸借を締結していることを知っていたものということができるから、右契約は被控訴人ら共有者と控訴人との間において有効に成立したものと認めることができる。

2 ところで、控訴人は、右賃料は公定賃料を超えるので、本件賃貸借は地代家賃統制令に違反し、無効であると主張する。しかし賃料についての定めが公定賃料を超える場合に、無効とされるのは賃料についての約定のうちの公定賃料を超える部分に限られ、そのことにより賃貸借全体の効力が失われるものでないから、この点において右主張は理由がない。

3 次に控訴人の詐欺による意思表示の取消しの抗弁について検討するに、本件賃貸借成立の経緯は前に認定したとおりであって、被控訴人司が控訴人を欺罔して右契約を成立させたとの控訴人の主張については、これに副う原審および当審における控訴本人尋問の結果は前掲被控訴人らの各本人尋問の結果に照したやすく信用できないし、他にこれを認めるに足りる証拠はない。従って、控訴人の右主張も理由がない。

三、そこで、本件賃貸借における「被控訴人和が札幌市へ転勤した際は三ヶ月以内に明渡す。」旨の前記特約を理由とする明渡請求について判断する。

当審における被控訴本人和の尋問の結果によれば、被控訴人和の勤務する北海道農業共済組合連合会は、札幌本部を除いて他に一一の出張所のほか、月寒家畜診療所、江別家畜センターを有しているが、職員の転勤の時期、在任期間について、当事者に対しなんら前もって確たる指示ないし約束をしておらず、また当事者の勤務地に関する希望も受入れられるとは限らない実状であること、被控訴人和の場合も昭和二六年より昭和三二年まで札幌市、以後昭和三八年まで旭川市、その後引続き北見市にそれぞれ勤務し、同年六月一八日札幌市へ転勤したものの(札幌市への転勤の事実は当事者間に争いがない)、右転勤はいずれも右連合会の指示によったもので、その時期、在任期間等は予め定められておらず、もとより自らこれを知る由もなかったことが認められる。

しかして、本件賃貸借の締結および改定の際に被控訴人和の札幌転勤の時期の目安がついていたものと認むべきなんらの証拠も存しないのであるから、このような事実関係に鑑れば、「被控訴人和が札幌市へ転勤するまで」といってみても、その時期は不確定であり、また極めて短期間に右転勤が実現する確実な見込みも存していない以上、右条項が存するからといって、本件賃貸借を一時使用のために締結されたものと解することは相当ではない。よって、前記特約は借家法の規定に違背し無効であるというべく、右特約に基づく被控訴人らの本件建物の明渡請求は理由がないといわなければならない。

四、次に控訴人の不信行為による本件賃貸借解除を理由とする明渡請求について判断する。

1  控訴人が昭和四二年二月以降被控訴人らに対し、本件賃貸部分の賃料を支払っていないことは当事者間に争いがない。

2  ≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、

(一)  被控訴人和は、札幌へ転勤後直ちに本件建物のうち本件賃貸部分を除く部分に家族四人で入居するとともに、被控訴人司に替って右建物の管理を始めたが、入居に前後して控訴人に対し、本件建物を明渡してくれるよう申し入れた。控訴人は、当初快くこれを受け入れて自ら転居先などを探し始めたが、しばらくして、被控訴人和に対し立退料を要求し、結局この点で両者の折合がつかなくなったのが契機となり、以後控訴人はその意を翻してそのまま本件建物に居住し続けることになった。

(二)  このようにして、控訴人と被控訴人和の一家は同じ建物の中に一階と二階に別れて同居し、一つの炊事場を共同使用する生活を続けたのであるが、以後両者の関係は思わしくなく控訴人は、被控訴人和らに対してなんら首肯すべき事由もないのに次のような行為をするに至った。

(1) 昭和四二年五月二日夜八時三〇分ころ、酒に酔ったうえ本件建物の玄関内で、被控訴人和に対し、「可愛がってやるから出てこい。」とか「殺してやる。締めあげてやる。」などの暴言を吐き、暴れたため、被控訴人和の隣人がみかねて一一〇番に連絡し、警察官の動員を要請した。

(2) 同年八月二六日夜七時ころ、被控訴人和に対し、右同様の言動を示したので、被控訴人和は一一〇番に連絡した。

(3) 同月三一日夜一一時ころ、本件建物の二階の被控訴人和の家族の居室のガラス戸近くに来て、手でガラスを割ったうえ、被控訴人和らに対し、「お前らを殺してやる。」などの暴言を吐いたため、被控訴人和の連絡により出動した警察官に警察署まで連行された。

(4) 同年九月二日、右(3)の乱暴の際手に負傷した腹いせもあって、被控訴人和に対し、「殴り殺してやる。」などの暴言を吐いたり、その脛を蹴りあげるなどしたため、被控訴人和が呼んだ警察官から説諭された。

(5) 昭和四三年一月二三日、被控訴人和の長男和久(小学六年生)および長女美和子(小学三年生)の在学する札幌市立桑園小学校長宛に、「浜和の子供らは嘘つきで不良化する。その親は酒を飲むと子供の前でも精神状態が疑われるほどだらしがなくなる。」などと記した手紙を送付した(この事実については当事者間に争いがない。)。

(6) 以上のほかにも被控訴人和らに対し、少なからず暴行あるいは脅迫的ないし侮辱的言動をなし、このため被控訴人和の子二人は控訴人に対し恐怖の念をいだくに至った。

以上の事実が認められ、この認定に抵触する原審および当審における控訴本人尋問の結果は採用し難い。

そして、このような行為は、控訴人と同じ建物の中に居住し、しかも共同炊事場で顔を合わせる機会の多い被控訴人和らにとっては著しく耐え難きものであることが容易に想像される。

3  そこで、以上の事実が本件賃貸借契約を解除せしめるに足る理由となるかどうかについて検討する。

(一)  先ず、前記2の(二)認定の控訴人の行為は、その動機が何であれ、賃貸人に対し敵意をいだいているとしか思えない常軌を逸したもので、賃借人がこのような態度に出る以上、賃貸人としては、賃借人が賃貸借終了まで善良な管理者として賃借物を保管し、これを使用し円満に返還してくれるかどうか、また確実に賃料を支払ってくれるかどうかなどにつき、著しい危惧の念を感ずるであろうことは、推察に難くないところである。従って、かかる段階にまで達した行為は、単に契約外の一現象として見捨てるべきではなく、信義則の観点から評価すべきであり、かかる見地に立つ限り、控訴人の右行為は、それだけで、賃貸借の基調たる継続的信頼関係を破壊するものとして、到底容認することのできない不信行為というほかはなく、賃貸人が、賃借人から前記のような暴行あるいは脅迫的ないし侮辱的言動を受けながらなおかつ賃貸借の継続を受忍しなければならない理由は見出しがたい。

(二)  次に賃料不払につき、控訴人は、本件賃貸借契約の約定賃料が地代家賃統制令所定の公定賃料を超えており、控訴人の既に支払った賃料は過払になっているから、賃料支払義務がない旨主張する。控訴人が本件賃貸部分の賃料として昭和三二年五月から昭和三六年七月まで月額金四、五〇〇円、同年八月一日から昭和四二年一月三一日まで月額金二、〇〇〇円の割合で支払ってきたことは当事者間に争いがなく、また、本件賃貸借が一時使用のものと認められない以上、地代家賃統制令の適用を受けることになり、同令による公定賃料は右約定賃料より低額であることは明らかであるから右約定賃料により過払を来しているものということができる。しかしながら、原審における被控訴本人司の尋問の結果ならびに原審および当審における控訴本人尋問の結果によれば、控訴人は約定賃料が公定賃料を超えるものであることを知りながら、その支払を続けてきたことが認められ、この事実によれば、控訴人による過払賃料は非債弁済として被控訴人らに対し返還請求することができない関係にあるから、これが昭和四二年二月以降の未払分に充当されることもないと解するのが相当である。そうであるならば、地代家賃統制令が適用されるべき本件賃貸借において控訴人のみを一方的に責めるのは相当でないとしても、控訴人は過払を理由に賃料の支払を免れ得ないわけであるから、少くとも、自己が正当と信ずる金額を支払うべき義務があるのに、これを怠った点において、賃借人としての債務不履行があったものといわざるを得ない。

(三)  このように控訴人側に前記2の(二)認定のような重大な不信行為があり、これに附加して前記1認定のような債務不履行が存するのであるから、賃貸人である被控訴人らはこれらの事実によって、本件賃貸を解除し得るものと解するのが相当である。

ところで、賃貸借の継続中当事者の一方が右のような信頼関係を破壊する行為に出るときは、相手方はそれを理由に催告を要せずして、賃貸借を解除することができるものと解すべきであるが、被控訴人らが昭和四三年一月三一日の原審における本件口頭弁論期日において、控訴人に対し、右事実を理由として本件賃貸借解除の意思表示をしたことは当裁判所に明らかなところであるから、同日をもって、本件賃貸借契約は終了したものと認めることができる。

4  なお、控訴人は、被控訴人和に本件賃貸部分の明渡を求めることは不当である旨主張するが、本訴は借家法にいう「正当理由」に基づく明渡請求ではないし、控訴人側に既に認定したような事情が存する以上、控訴人が主張するような本件建物使用に関する被控訴人側の事情は本訴を認容する妨げとなるものではない。また控訴人主張のように、本訴が単に口実をもうけて控訴人に明渡を求めるものでないことも既に認定したところにより極めて明らかである。

五、以上のように本件賃貸借が終了した以上、控訴人は被控訴人らに対し本件賃貸部分を明渡す義務があるものというべきであるから、被控訴人らの本訴請求は理由がある。よって、これを認容した原判決は正当であるから、本件控訴を棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。(なお、被控訴人らは当審において、本件賃貸部分の未払賃料および賃料相当の損害金を求める部分を全部取下げたので、原判決主文第一項は「被告は原告に対し別紙目録記載の建物(一)のうち(二)の部分を明渡せ」と変更され、右金員請求部分の一部を棄却した同第二項はこれを掲げる必要がなくなった。よって、その旨を当判決主文第三項において明らかにした)。

(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 鈴木康之 岩垂正起)

〈以下省略〉

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